東京地方裁判所 昭和56年(ワ)10947号 判決 1983年3月31日
原告 西山ひろ子
右訴訟代理人弁護士 長瀬有三郎
被告 日動火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 中根英郎
右訴訟代理人弁護士 高崎尚志
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年九月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
昭和五六年五月二四日午前四時二五分ころ、訴外吉田勝(以下、訴外吉田という)運転の普通乗用自動車(川崎五五せ七一五七号、以下、本件車両という)が神奈川県中郡大磯町大磯一二一八番地先の国道一号線(西湘バイパス)を東京方面に向けて走行中、道路左側大磯漁港インター出口分岐点コンクリート製障壁に激突し、この衝撃によって、同車に同乗していた訴外西山孝信(以下、亡孝信という)が頚椎骨折によりその場で死亡した(訴外吉田も同時に死亡)。
2 責任原因
(一) 本件車両は、昭和五六年一月ころ亡孝信が割賦支払の方法により購入したものであるが、同人が未成年であったため、同人の母である原告が所有名義人となった。しかし、原告は運転免許を有せず、亡孝信が自己の収入の中から割賦代金を支払い、かつ専ら日常的にこれを使用していた。
(二) 本件事故の日の前日である昭和五六年五月二三日午後一二時ころ、亡孝信、訴外吉田ら一行一〇名は、三台の乗用車に分乗し、箱根方面へドライブするため川崎市内を出発したが、往路芦ノ湖畔に到着するまでの間は、亡孝信が本件車両を運転し、訴外吉田及び女性二名が同乗した。そして、帰路については、どの地点から訴外吉田が本件車両を運転していたのかは不明であるが、事故当時は訴外吉田が運転し、亡孝信は後部座席に同乗していた。
(三) 以上のとおり、亡孝信と訴外吉田とは箱根ドライブという共同目的のために本件車両を共同使用(交替運転)する意思で出発し、その帰路事故が発生したものであるが、事故当時の本件車両の具体的運行において、訴外吉田は、現実に運転しており、自動車の運行により生ずべき危険を回避すべく期待される地位にあり、かつ、通常の注意をもってすれば十分に回避することが可能であった。
他方、亡孝信は、事故当時後部座席にあって、自動車の運転を全面的に訴外吉田に委ね、同人を通じて、同人を監視することによってのみ事故発生を防止し得る立場でしかなかったのである。
なお、亡孝信が本件車両の所有者であることが問題となり得るかも知れないが、当時訴外吉田は自分でも自動車を所有しており、同人は亡孝信とは別に自己の所有車を運転していくことも、あるいは亡孝信が訴外吉田の所有車に同乗していくことも十分に可能な状況であった。従って、運行支配の強弱の判断において、亡孝信が本件車両の所有者であったということは重要な要素ではない。
以上の状況において双方の運行支配の程度・態様を比較すると、訴外吉田のそれは亡孝信のそれに比してより直接的、顕在的、具体的であったというべきであるから、亡孝信は訴外吉田に対し、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という)三条の「他人」であることを主張できる。
(四) 訴外吉田は、本件事故当時、本件車両を自己のために運行の用に供していたものであり、かつ、亡孝信から使用権限を与えられた保有者であった。
(五) 被告は、昭和五六年一月二三日、本件車両を目的とし、保険期間を二五か月、保険金額を金二〇〇〇万円とする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。
(六) 以上のとおり、訴外吉田は保有者として自賠法三条の責任を負うものであって、被告には同法一六条一項により損害賠償責任がある。
3 損害
(一) 亡孝信の損害と相続
(1) 逸失利益 金二八三〇万四八三五円
年収金三一一万五九〇〇円(昭和五五年賃金センサス中学卒男子労働者の産業計・企業規模計・年令計平均給与額)、就労可能年数六七歳まで四九年、生活費控除は収入の五〇パーセント、現価をライプニッツ式で換算(係数一八・一六八)
(2) 相続
原告は、亡孝信の母であり、唯一の相続人であるから、右損害賠償請求権を全部相続した。
(二) 原告固有の慰藉料 金一〇〇〇万円
原告は、本件事故で亡孝信を失い、その精神的苦痛は測り知れないが、これに対する慰藉料は右金額に相当する。
4 よって、原告は被告に対し、右損害賠償金のうち、前記保険金限度額である金二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年九月二六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2(一)、(二)及び(五)の事実は認める。
同2(三)は争う。亡孝信は、本件車両の所有者であり、事故当日も箱根への往路は自ら運転しており、事故当時も後部座席に同乗していたのであるから、自ら運転していなくても、事故の発生を防止すべき立場にあり、かつ、それが可能であったから、自賠法三条所定の「他人」に該当しない。
同2(四)の事実は否認する。訴外吉田は、本件車両の保有者である亡孝信の運行支配下における単なる運転者にすぎない。また、仮に訴外吉田が運行供用者になるとしても、同人は保有者ではない。
3 同3(一)及び(二)の事実は知らない。
第三証拠《省略》
理由
一 請求の原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。
二 請求の原因2(責任原因)について判断する。
1 請求の原因2(一)(本件車両の所有、使用関係)の事実は当事者間に争いがないから、亡孝信は、本件車両の実質的所有者であり、自賠法二条三項の保有者であると認められ、他にこれに反する証拠はない。
2 本件事故の日の前日である昭和五六年五月二三日午後一二時ころ、亡孝信、訴外吉田ら一行一〇名が三台の乗用車に分乗し、箱根方面へドライブするため川崎市内を出発したが、往路芦ノ湖畔に到着するまでの間は、亡孝信が本件車両を運転し、訴外吉田及び女性二名が同乗したこと、帰路については、どの地点から訴外吉田が本件車両を運転していたかは不明であるが、事故当時は訴外吉田が運転し、亡孝信は後部座席に同乗していたことは、いずれも当事者間に争いがない。
3 《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
本件事故現場は、神奈川県中郡大磯町大磯一二一八番地先の、東西に通じる国道一号線(西湘バイパス)の東京方面へ向う本線(片側二車線)と、道路左側大磯漁港インター出口へ通じる道路との分岐点にあたり、本線上に残された本件車両のタイヤ痕からみると、本件車両は、それまで第二車線(右側車線)を走行していたのに、本線とインター出口への道路を分離するゼブラゾーン右側に差しかかってから、急に左転把し、第一車線(左側車線)を横切り、インター出口へ通じる道路へ入ろうとしたが間に合わず、分岐点に設置されたコンクリート製障壁に激突したもので、本件事故は、訴外吉田の運転操作の誤りにより生じたものである。
4 以上の事実に照らすと、亡孝信は、訴外吉田と共に、箱根方面へのドライブという共同目的のために本件車両を共同使用(交替運転)していたものであり、共に本件車両の運行による利益を享受し、運行を支配していたものといえる。
また、亡孝信が芦ノ湖畔からの帰路、本件事故前に訴外吉田に対し本件車両の運転を委ねていたとしても、亡孝信は、事故の防止に中心的責任を負う所有者として本件車両に同乗していたのであり、訴外吉田に対し、運転につき具体的に指示するなどして事故の発生を防止し得る立場にあったというべきであるから、特段の事情がない限り、本件車両の具体的運行に対する亡孝信の支配の程度は、運転していた訴外吉田のそれに比し優るとも劣らなかったというべきである。そして、本件において、右特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、原告主張のように、訴外吉田の運行支配が亡孝信のそれに比して、より直接的、顕在的、具体的であったということはできない。従って、亡孝信は、訴外吉田に対する関係においては、自賠法三条所定の「他人」にあたるということはできない。
(なお、本件車両の所有名義人は原告となっているが、本件車両の実質的所有者が亡孝信であることは前記のとおりであり、事故当日の運行状況に関する前記認定事実に照らすと、亡孝信は、所有名義人である原告に対する関係においても、自賠法三条所定の「他人」にあたるということはできない。)
三 以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 芝田俊文)